2021年9月3日金曜日

五色堂という蠱毒壺: 白眉が勝つ前提で他の四人の術者は集められたのか?

五色堂の後継者争いは、白眉が勝つことを最初から企図してアレンジされたのではないかと愚考します。以下に、考えたことを書いてみます。

五色堂は蠱毒壺です。複数の術者を殺し合わせ、最後に勝ち残った一人を御降家が獲得するための装置です。つまり、最終ゴールは、御降家の次期当主としてふさわしい人間が、より良いコンディションで勝ち残ること。そのため、集められた術者たちは、熟成した蠱毒の品質に寄与することが望まれます。かならずしも猛者である必要はありません。

五色堂に招かれた術者たちは、「蠱毒壺の熟成に役立つかどうか」の観点で選ばれたのだと思います。五色堂に呼ばれた登場人物の面子を見て、読者が最初に気づくのは、呼ばれた人間の大半にやる気がない点だと思います。招待したお師匠さまも、五人が同じくらいの確率で勝ち残るとは期待していなかったでしょう。呼ばれた術者たちは、術者としての実力や、勝ち上がりたいという気持ちを買われたわけではないのです。なにが良い蠱毒を作るか。それは、妬み、嫉み、恐れなどの負の感情です。生贄である摩緒を心理的に殺しづらい者、呪いを嫌っている者、そして、お互いに殺し合う状況など考えたくもないであろう恋人たちが選ばれています。

この仮説は、後継者争いの生贄とされる摩緒が、術者として弱すぎることが裏付けています。摩緒は破軍星の太刀をお師匠さまから授かってはいますが、猫鬼の呪いを受ける前のあの太刀は、縁起の悪い名前を持つただの刀です。兄弟子たちとの実力のハンディキャップを埋めるほどの呪具だったとは思えません。仮に五色堂組が寄ってたかって摩緒を殺そうとすれば、招集の翌朝には彼の骸が転がっていたはずです。なぜそうならなかったのか。それは、摩緒を殺すことが心理的にきつい術者がほとんどだったから、そして、五色堂に呼ばれた人間のうちだれかが、摩緒を密かに守っていたからではないでしょうか(後者についてはまた別途)。

百火が五色堂に呼ばれたのは、摩緒を殺せといわれて彼自身が、そして百火を殺すのにほかの術者たちが逡巡するのを期待されたのだと思います。館で百火は摩緒に親切にしていました。摩緒を殺せといわれても簡単に殺せるものではないでしょう。また、百火自身が年若く、ほんの子供です。ほかの五色堂メンバー(白眉以外)にとって、彼を手にかけるのは愉快な仕事ではないはずです。お師匠さまはそこに目をつけたのだと思います。百火は勝ち残ることを期待されていませんでした。彼は新入りで、百火より能力のある火の術者はいくらでもいたはずです。また、より重要なこととして、百火の正義感あふれるまっすぐな性格は、残忍な御降家に似つかわしくありません。陽キャに御降家の当主は絶対に務まりません。百火は摩緒に、おまえは生贄だったんだよなどと言いますが、彼も実質、摩緒よりちょっと骨のある生贄といった位置づけだったはずです。

真砂は、白眉に殺されて華紋の怒りを煽るために、五色堂に招かれたのだと思います。彼女は水の技術者として館で一番の実力者ですが、そもそも女性です。紗那さまと夫婦になって子供を作れません(現当主が側室にでもするつもりだったのでしょうか?)。彼女もまた人を呪う意欲に乏しいですし、御降家にいるのを嫌がっています。それはお師匠さまにも筒抜けで、逃げ出さないように見張れと不知火が監視につけられるほどでした。御降家の当主をやれる器とは思えません。

というわけで、華紋は、白眉に真砂を殺されて怒ることを期待されて呼ばれたのでしょう。悲しみと怒りと憎しみの中で、おまえも白眉にやられて死ねということです。華紋はやる気があまりなく、まわりとくらべて特別に優秀だったという目立つ描写もないので、勝ち残ることは期待されていなかったと思います。

五色堂に呼ばれた土の術者は、この記事を書いている第107話時点でまだ確定していませんが、仮に大五としましょう。彼はダークホースです。大五が実力のある土の術者としてお師匠さまに認められていた様子は、作中で描写されています。生贄の摩緒は大五の弟分ですが、だからこそ、もし彼が葛藤を乗り越えて摩緒を殺せたら、御降家の当主候補としての資質があるとみなせるでしょう。白眉と一騎討ちです。ただし、大五は捨童子の家の出身で、下層階級の人間です。お師匠さまは、紗那の夫として白眉ほどには期待を寄せていなかったと思います。

後継者争いでの明示的な生贄は摩緒でした。しかし、五色堂に集められた術者たちもまた、勝ち残るとみなされていた白眉以外は、生贄も同然だったのではないかというのが、この記事の趣旨です。もはや御降家については、やべえ家ですよ(百火の「やべえ刀ですよ」の調子で読んでください)以外の感想がありません。ここに書いたことがすべて外れているといいですね。

摩緒から菜花への贈り物

(English)

『MAO』作中で、摩緒が菜花へ贈ったもののリストを作ってみました。摩緒と菜花のロマンティックな関係を夢見るわれわれは、つい摩緒が菜花に匂い袋を買ってあげた洋食は好き回(8巻第2話)がわかりやすいので注目しがちです。しかし、ほかの章でも摩緒はじつにまめに菜花に物を贈っていることを忘れていませんか? 私は忘れていました。贈り物のリストは次のとおりです。

  1. 解毒剤(1巻第6話): 菜花の妖の力を解放するため
  2. 護り石(3巻第4話): 菜花を菜花の祖父から守るため。この時の菜花は、祖父が猫鬼の支配下にあるのではないかと疑っていました。
  3. 護身の護符を溶け込ませた水(5巻第5話): 菜花を猫鬼から守るため
  4. 呪文と印の結び方の本(5巻第6話): クリスマスプレゼント(?)
  5. 洋食と匂い袋(8巻第2話): 菜花の機嫌をとるため
  6. スイーツ(第90話): 高校入学祝い

物語が続く限りこのリストは成長していくでしょう。

ちなみに、菜花が摩緒に贈ったのは、クリスマスプレゼントの手編みのマフラーです(5巻第6話)。第107話までのところ、これが菜花からの唯一の有形の贈り物です(血を除く)。

Gifts from Mao to Nanoka

日本語

I just made a list of what Mao gives Nanoka in the story. I think we, maonoka shippers, tend to focus on chapter 70, in which Mao gives Nanoka a sachet, but didn't we forget Mao gives her a lot of things in other chapters? Yes, maybe. The gift list is the following:

  1. An antidote (chapter 6): to activates Nanoka's ghost power
  2. A stone bracelet for protection (chapter 22): to protect Nanoka from her grandfather; Nanoka suspects that her grandfather is under control of Byoki
  3. Water blended a talisman for protection (chapter 43): to protect Nanoka from Byoki in the Reiwa era
  4. A book about spells (chapter 44): a Christmas gift
  5. Western food and a sachet (chapter 70): to make up (they argue in the previous chapter)
  6. Sweets (chapter 90): to celebrate Nanoka's admission to high school

I believe this list will go on as long as the story continues :)

By the way, what does Nanoka give Mao? It's a hand-knitted muffler for Christmas in chapter 44. This is the only tangible gift until chapter 107 from Nanoka to Mao except for her blood.

2021年9月1日水曜日

『MAO』第107話「摩緒の焦り」の感想と雑談

 この記事は、週間少年サンデー40号に掲載された『MAO』第107話「摩緒の焦り」を含む、単行本に未収録の回のネタバレを含みます。

扉ページの煽り文は、高橋先生ではなく編集者さんがつけていらっしゃるんでしょうか?「助けたい。何があっても」。摩緒はまさにそんな気持ちだっただろうなと思いました。焦ってブラフに引っかかり、人を殺そうとしたのですから。これまでのお話では見られなかった大変な慌てようで、読んでいてハラハラさせてもらいました。

焦り

菜花の中に苛火虫がまだいると蓮次から告げられて焦った摩緒は、月琴への攻撃を中止しました。焦る摩緒に、蓮次は岸まで追ってきている菜花を示し、目の前で菜花が消し炭になるのを見ていろと追い討ちをかけるように言って月琴を構えます。それを聞いた摩緒は、術で蓮次を水の柱に閉じ込めます。

2ページ目の玄武が、あいかわらず巨大ロボットのようで格好良かったです。玄武の目の奥底に潜む光からは、同じ巨体の幻獣であっても双馬が操る獣たちとは違う、底知れない不気味さと神秘を感じます。まさに長い歳月を生きてきた摩緒が使役するのにふさわしい、威厳のある式神だと思います。玄武さん、大好きです。

MAOで人物の顔に汗水マークが2つ以上つくのは非常に珍しい上に、そんなコマが連続するものですから、興奮してしまいました。摩緒の焦りが尋常でないのが否応なく伝わりました。

溺れる蓮次の顔は衝撃的で良かったです。絵として面白すぎてmemeにされそうです。蓮次は、摩緒が「わかった、やめろ。ついていく」と言うのを期待して煽ったのでしょうが、予想よりも激情的な反応が返ってきたようですね。今から消し炭にするといわれて、相手の動きを完全に封じるという、降参よりも確実そうな手に咄嗟に出た摩緒の必死さに、読んでいて緊張しました。

菜花にとっての「摩緒らしさ」

蓮次を水責めする摩緒を見て、乙弥は「摩緒さま…蓮次を殺すつもりかもしれません」と言い、菜花は「そんなの摩緒らしくない」と考えます。

焦るでもなく驚くでもなく、主人の様子を観察して淡々とつぶやく乙弥くんの冷静さが、人間離れしていてゾクゾクしました。すごく好きです。乙弥がそうとわかるということは、こんな摩緒を見るのは初めてではないのですよね。摩緒に長い間仕えていれば、きっといろいろな事件があったと想像します。この二人のスピンオフを読みたくてしかたがありません。

菜花の「摩緒らしくない」というモノローグは感慨深いです。摩緒が菜花と出会ってからさまざまな事件がありました。それでも摩緒が菜花に一貫して見せてきたのは、人を傷つけたり殺したりしない生き方であることを思うと、胸を打たれます。大正に生きる紗那さまの顔をもつ女性を救いたいと願い、裏切った双馬よりも自分の手落ちを責め、戦闘でかがりと双馬を避けて白眉だけを狙う摩緒は、根本的に優しすぎるし、本当に自制が効いていますね。摩緒は、稀で残酷な運命を生きてきたと思いますが、それなのに人よりも優しくなれるのは、天性の資質だと思います。

そんな摩緒が彼らしくない行動をとった。なぜでしょうか? 菜花くん、君のためだよ、と(華紋さま風に)菜花ちゃんに言ってあげたいです。人は好きな人のために、時に自分らしさを飛び越えた行動をとり、相手のふだんと違う一面を見た時に、人は人に惚れたり惚れ直したりしますよね。高橋先生、ありがとうございます。心がとても温まりました。

百火

蓮次を殺したところで菜花が助かるかが確かでないため、摩緒はどうすればよいか迷います。そこへ百火が現れました。乙弥が符蝶を使って彼を呼び出したそうです。摩緒は百火に、菜花から苛火虫をすぐに取り除くように頼みます。

百火先輩、待ってました! 私は摩緒と菜花が恋人同士になるといいなと日々考えていますが、それ以外で特に好きな登場人物が百火なので、元気な姿を見られて嬉しいです。声を張り上げて百火を呼ばわる摩緒先生と、事情をきいて即座に動く百火先輩が、本当に格好良かったです。

それにしても、乙弥くんはやっぱり有能すぎますね。あんな優秀な人材を無給で長年使っている時点で、摩緒が能力のある陰陽師だと誰でもわかります。MAO世界の式神の設定は突き抜けています。

虫を取り除かれるために百火の火に巻かれた菜花ちゃんの絵(9ページ3コマ目)が、とても恐ろしくて美しかったです。私がMAOに惹かれるのはこういった雰囲気です。この場面も、やっていることは救出ですが、絵は怪異そのものですよね。この世のものではない炎が慄く美少女を巻いて唸っている情況に、本当にぐっときます。高橋先生、最高です。

突然のことに驚く菜花に、摩緒は苛火虫がじつは菜花の中に残っていたと説明し、油断したことを謝ります。

菜花に謝る摩緒(10ページ)がまだ汗水を2つ垂らしていて、たまりません。危機が去っても彼の動揺は続いているんですね。謝る顔も真剣で、摩緒は責任感が強い人物だとあらためて思いました。以前、かがりがいることを知らずに女学校を菜花に探らせた時にも、菜花に真剣に謝っていた姿を思い出しました。

事情を聞かされて、「まだ一匹…残ってた…?」とつぶやく菜花ちゃんは今週一の美少女でした。ありがとうございます。

百火は摩緒に、菜花を探ったが苛火虫は残っていなかったと告げます。

菜花が百火に「ちゃんと見てくれた!?」と言う横で、険しい顔で百火を見上げている摩緒が笑えます。彼もちょっと疑ってます。百火の自信満々の返しが大好きです。自分に自信のある人間は精神が安定しています。百火は能力が高い上に、正義感もあり、本当に良い子だと思います。

蓮次の言葉がブラフだったとわかり、「嘘だったのか…」と述懐する摩緒は、安心したというよりも、危ういところだったと思っている顔に見えます。焦って殺しかけていましたもんね。我に返って肝が冷えたのかなと思いました。蓮次のブラフを見破れなかった自分の焦り具合についても反省したのでしょうか。とにかく良いお顔です。

蓮次

摩緒から逃れた蓮次は、不知火のもとへ帰還しながら、前話での摩緒の言葉を思い返します。摩緒は蓮次に、御降家と手を切るように忠告しました。蓮次は、「イカれて」いる御降家こそが彼にとって「うってつけの場所」だとモノローグで反発します。

MAOの登場人物は皆ちょっと狂っていますが(まともな人間は白羽くんくらいでしょう)、蓮次は自覚があるんですね。蓮次の言葉を中二病のようだと笑うこともできますが、卑下するようなのが気になります。彼は、自傷的な心理と刹那主義的な生き方を、御降家に利用されているのですね。

蓮次の心の暗部を巧みに利用して御降家の商売に誘い込んだのは、例によって人の心を掴むのが得意な白眉でしょうか。蓮次の直属の上司は不知火のようですが、不知火は最近までずっと京にいたので、直接の接触は難しかったと思います。それとも蓮次は新入りでしょうか。

甘味処

摩緒、菜花、百火、乙弥の4人は、甘味処で食事をしながら、蓮次の正体について話します。

この甘味処は、第90話で摩緒が菜花の高校入学祝いをしたのと同じお店のようですね。百火は焼き団子かみたらし団子、菜花はごまだんご、摩緒はくず餅を食べているみたいです。伝統的な日本のお菓子は良いものですね。いつか日本へMAOツアーに行ったら、これらのお菓子をぜひ食べたいと思います。

蓮次の正体を独自に追っていた百火は、10年前に盛んに報道された連続放火事件に行きつきました。最初の放火被害者である慈善家の家では、引き取られた子供たちが育てられていたそうですが、そのうちの一人が事件後に行方不明になり、犯人と目されていたそうです。百火は、その子供こそが蓮次ではないかと疑っています。摩緒と乙弥は当時「地方を旅していて」事件の存在を知らなかったと言います。

摩緒と乙弥の過去が少し明らかにされて嬉しかったです。地方を旅していたというのは、猫鬼の足跡を探していたのでしょうか。帝都についた時に浅草の凌雲閣を通りがかったといっていたので、どこから辿り着いたのだろうと思っていました。このくだりに私はワクワクしましたが、菜花が「そんな事より」と遮ってしまいます。きっぱりした子です。地方を旅する陰陽師の少年と式神の童子、絶対絵になりますよね。想像するだけで燃えます。明治〜大正初期の摩緒先生のエピソードをいつかもっと知りたいです!

今回も面白かったです。次回も楽しみにしています。

五色堂という蠱毒壺: 白眉が勝つ前提で他の四人の術者は集められたのか?

五色堂の後継者争いは、白眉が勝つことを最初から企図してアレンジされたのではないかと愚考します。以下に、考えたことを書いてみます。 五色堂は蠱毒壺です 。複数の術者を殺し合わせ、最後に勝ち残った一人を御降家が獲得するための装置です。つまり、最終ゴールは、御降家の次期当主としてふさわ...