2021年8月30日月曜日

『MAO』第106話「駆け引き」の感想と雑談

この記事は、週間少年サンデー39号に掲載された『MAO』第106話「駆け引き」を含む、単行本に未収録の回のネタバレを含みます。

ここ数回の展開が神がかっていて、効果の強すぎる栄養ドリンク(蠱毒か?)を週に1本キメている気分です。高橋先生、ありがとうございます!

乙弥くんがすごい

今回のお話では摩緒先生がとても格好良かったですが、乙弥くんもすごく良かったです。乙弥くんは、やっぱりとても賢くて有能ですよね。その時その時にやるべきことを押さえていて感心します。蓮次に脅されて不安な思いをしている菜花の隣にぴったりついていてあげる、乙弥くんの優しさが沁みました。摩緒が連れ去られた後で、主人の意図を汲んで即座に行動するのも、荷物を漁りながら振り向きもせずに菜花へ的確な指示を出すのも、本当に頼もしいです。乙弥くんが特別に優秀な式神なのでしょうか? ペットの犬ではありませんが、式神は主人に似るのでしょうか? 背景を説明することも話を展開させることもできる、ツッコミ役のムードメイカー。彼一人で2.5人ぶんくらい働いてますね。

一連の駆け引き

摩緒が不在の診療所で、菜花は蓮次が放った苛火虫を体に入れられ、人質になりました。

菜花が手にしているのは袋に入れているとはいえ武器なのに、蓮次は人質の菜花に持たせたままでした。蓮次の余裕のある様子も、菜花の恐怖をいや増したことでしょう。直前の呪いの刀編で菜花は非常に勇敢だったので、今回の怖がる姿はぐっときました。かわいそう。でもかわいい。

帰宅して驚く摩緒に、蓮次は彼の雇い主である不知火のところまでついてくるように要求します。

帰宅した摩緒が蓮次をみとめた時の大ゴマの表情は、お見事でした! カバンを取り落とさなかったのが不思議なくらいの固まりようで、まさに言葉も出ない感じの動揺でしたね。MAOのシリアスな場面には、ちょっと手塚治虫先生っぽい丸みのあるタッチの摩緒がときどき現れます。たとえば、7巻第8話9ページ目の1コマ目にいるアップの摩緒や、8巻第9話15ページ目の2コマ目で飛びかかっている摩緒がそれです。このコマの摩緒は、その系統に近い絵ではないでしょうか。このタイプの絵柄は、重要なアクションシーンで肉体の躍動感を伝えてくれますが、今回は摩緒の心臓が跳ねている感じが伝わってきました。

蓮次は摩緒に、おかしなまねをすると菜花の中の苛火虫が発火するぞと脅します。

このコマも最高でした。MAOで登場事物の目の下に入る横線は死相なので、この時の摩緒先生はきっと死人と同じくらい顔色が悪かったのでしょう。蓮次の卑劣に怒り、菜花ちゃんを心配して顔色を失う摩緒先生に、本当に心が温まります。

摩緒は、抵抗はしないので先に菜花から苛火虫を出せと蓮次に要求し、拒否すれば蓮次をこの場で殺すと宣言します。蓮次は摩緒の本気を悟って、承諾しました。

この瞬間のために摩緒先生は日頃無表情だったのかしらと思うほど格好良かったです。それにしても、「〜〜しなければ、この場でおまえを殺す」は、完全に追い詰められた人間が放つ、一切の交渉を拒絶する駆け引きの言葉なので、摩緒はよく言ったものです。人質のハンデなしに勝負すれば、摩緒のほうが強いことを蓮次は理解していると踏んでの言葉ですよね。実際、蓮次は馬鹿ではないのでわかっています。摩緒が有利を引き出すために言葉を操ることは、過去に宗玄相手にもやっていて、初めてではありません。しかし、今回のような余裕のない状況では初めてで、美味しかったです。

菜花以外には明らかな摩緒の一面について

摩緒先生の「この場でおまえを殺す」発言は、蓮次よりも菜花に刺さったのではないかと思いました。なぜなら、菜花は摩緒の危なさを日頃は意識していないようだからです。摩緒は5巻第3話で殺し合いを嫌がっているふうですが、やらないわけではないのです。

考えてみてください。あれほど派手な向こう傷が顔にある男がカタギのわけがありません。縁者もおらず土地も持たず、得体のしれない摩緒は、医者であっても町の名士には決してなりえないのです。おそらく五行町の人々は摩緒を新しい住人として受け入れながらも、袋に入れた刀を持ち歩いたり、血まみれで帰宅したりする姿を見かけては、「あの若い先生、訳ありだな(近づかんとこ)」と内心思っているはずです。実際、摩緒は妖からの人望が厚いですが、第7話で診療所を開業してから第106話に至るまで、近所の人に直接手助けしてもらう場面は一度もありません。ご近所さんとは商売以上の交流や信頼関係をほとんど築いていないのではないでしょうか。なにがいいたいかというと、摩緒と二度しか会ったことのない蓮次や、摩緒と関わりの浅い近所の人々にとって、摩緒の物騒さは火を見るより明らかなのですが、菜花は摩緒の近くにいすぎるがゆえに、日頃はそれを忘れているだろうということです。菜花は摩緒の命を助け、摩緒に命を助けられ、おまけに恋までしています。摩緒の生い立ちを憐れみこそすれ、嫌悪感や警戒心はもっていません。だからこそ、今回の「この場でおまえを殺す」発言は、彼女にとって衝撃だっただろうと思います。

摩緒の言葉を聞いた菜花はどう思ったでしょう。"優しい" 摩緒にこんなことを言わせてしまった、と己の不覚を責めたでしょうか。自分が人質になったことで、見たことがないほど静かに真剣に怒っている摩緒に、どこか嬉しく思う気持ちもあったかもしれません。彼女がこの瞬間を回想する場面を見たいです。

拉致

後ろ手に縛られた少年が小舟に乗せられて白昼堂々連行されうるなんて、大正は治安が悪いですね。

蓮次の詰めの甘さ

蓮次が冷静そうに見えてちょっと口が軽いのが面白いです。菜花に苛火虫のはたらきを説明するのは脅し目的として理解できますが、御降家の秘術だなんだと教える必要があるのでしょうか。それに、不知火の用が済んだら蓮次が摩緒を殺す許可を得ていると、摩緒当人に告げてしまうのには驚きました。摩緒はもう抵抗できまいと舐めているのでしょうか。油断しすぎです。

摩緒の拉致方法としては、半殺しにして蠱毒とともに連れ去ろうとした蛟のほうが、よほど適切でした。蓮次のこの詰めの甘さは、邪悪な生業に不適格な性格を表現し、御降家と縁を切って更生できる可能性を示しているのでしょうか。

蓮次が摩緒から腕のことを聞かれて、「心配すんな」という言葉を選んだのは可笑しかったです。腕になんかちょっと植物の茎みたいなのが見えてますけど、くっついてよかったですね。

摩緒の優しさ

摩緒は、蓮次が御降家の商売には興味がないと言うのを聞いて、であれば御降家とは早く縁を切ったほうがよいと忠告します。

菜花を人質にとった相手にまで警告してあげるなんて、摩緒は本当に優しいですね。かつて真砂さまが御降家に入ったばかりの摩緒に警告したのを思い出して、胸が熱くなります。摩緒はもうこれ以上、御降家絡みで人が苦しむのを見たくないのでしょうね。今回の出来事についても、御降家に無関係の菜花を巻き込みたくないという強い思いがセリフの端々に見られて、摩緒先生らしさを感じました。

玄武

小舟で不知火のもとへ連れていかれそうになった摩緒ですが、(乙弥が手配したと思われる)式神の玄武が現れます。摩緒は妖の力を発揮して腕の縛を破り、玄武の力を借りて蓮次の月琴を破壊しようとします。蓮次は摩緒に、菜花の中にまだ苛火虫を残していると言い放ちます。

縛を破る摩緒先生を見て、蜘蛛女の糸を腕力で断ち切った菜花を思い出しました。妖の力はすごいですね。「ただの人間」相手なら負け知らずでは? 見開きの玄武も、術で戦う摩緒先生も大変格好良かったです。ところで、苛火虫は蓮次が月琴をかき鳴らした時に発火するようですから、バチを奪うだけでは妨害できないのでしょうか?

ブラフかブラフでないか

蓮次の発言はブラフと新井さんがtweetされていたのをみて私も考えたのですが、蓮次の人物像を私はまだよく理解していないので、彼の言動から推し量ることはできませんでした。

が、別の理由で、蓮次の言葉がはったりの可能性があると思います。摩緒が診療所に帰宅した時に凍りついたのは、蓮次と菜花を見た瞬間に、蓮次が菜花に苛火虫を使ったことを理解したからではないでしょうか。また、蓮次に菜花から苛火虫を出させた時の摩緒のほっとした表情は、実際に菜花から虫が取り除かれ、危険がなくなったことを知っていたからではないでしょうか。つまり、状況を把握するために蓮次の言葉だけをたよりにする摩緒先生ではないだろうということです。摩緒が安心したなら、菜花の安全は守られたのでは? それとも、蓮次が残した苛火虫は、摩緒も気づかないほど巧妙に忍ばされたのでしょうか。不知火によると、蓮次は苛火虫の使い手として逸材だそうなので、ありうるかもしれません。もしブラフなら、摩緒先生は大正時代しか生きていない青年の嘘に引っかからなかったことになって(読者に対する?)面目が保たれますし、蓮次も蓮次で、駆け引きでズルをするほどの邪悪な人間ではないということで、良い兆候です。

蓮次の言葉がブラフでなく、本当に菜花の中に苛火虫を1匹残していたとしたら、菜花が先日練習していた護身の印の伏線が回収されるチャンスかもしれません。 術を使って自力で苛火虫を追い出すことができれば、菜花はまたひとつ成長できます。術で闘う摩緒があれほど素敵なのですから、術で闘う菜花も格好良いに違いありません。もっとも、菜花さんは術に向いていないのですと賢い乙弥くんが再三言っているので、望み薄かもしれませんが……。

第102話で、菜花は「火の術は金の属性の虎より強い」と自力で気がつきました。五つの要素の相剋関係だけでなく、関係する動物も学び、知識を引き出しています。しかし、今回の菜花は水が火を剋することを忘れていて、乙弥から教えられています。動揺もあるでしょうが、彼女の未熟さが改めて示されていると思いました。

次回

不知火さまをそろそろまた見たいので、詰んだ摩緒が蓮次に連れて行かれてほしいです。前回の対不知火さまで摩緒はコテンパンにやられてしまったので、次はやり返すと思いますが、私は菜花ちゃんが(摩緒のために)不知火さまをボコボコにするのもいつか見たいと願っています。土は水を剋するということで。それに、摩緒先生が不知火さまの社で幽羅子さまと再対面するのもぜひ見たいです。

今回も面白かったです。次回も楽しみにしています。


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