2021年9月3日金曜日

五色堂という蠱毒壺: 白眉が勝つ前提で他の四人の術者は集められたのか?

五色堂の後継者争いは、白眉が勝つことを最初から企図してアレンジされたのではないかと愚考します。以下に、考えたことを書いてみます。

五色堂は蠱毒壺です。複数の術者を殺し合わせ、最後に勝ち残った一人を御降家が獲得するための装置です。つまり、最終ゴールは、御降家の次期当主としてふさわしい人間が、より良いコンディションで勝ち残ること。そのため、集められた術者たちは、熟成した蠱毒の品質に寄与することが望まれます。かならずしも猛者である必要はありません。

五色堂に招かれた術者たちは、「蠱毒壺の熟成に役立つかどうか」の観点で選ばれたのだと思います。五色堂に呼ばれた登場人物の面子を見て、読者が最初に気づくのは、呼ばれた人間の大半にやる気がない点だと思います。招待したお師匠さまも、五人が同じくらいの確率で勝ち残るとは期待していなかったでしょう。呼ばれた術者たちは、術者としての実力や、勝ち上がりたいという気持ちを買われたわけではないのです。なにが良い蠱毒を作るか。それは、妬み、嫉み、恐れなどの負の感情です。生贄である摩緒を心理的に殺しづらい者、呪いを嫌っている者、そして、お互いに殺し合う状況など考えたくもないであろう恋人たちが選ばれています。

この仮説は、後継者争いの生贄とされる摩緒が、術者として弱すぎることが裏付けています。摩緒は破軍星の太刀をお師匠さまから授かってはいますが、猫鬼の呪いを受ける前のあの太刀は、縁起の悪い名前を持つただの刀です。兄弟子たちとの実力のハンディキャップを埋めるほどの呪具だったとは思えません。仮に五色堂組が寄ってたかって摩緒を殺そうとすれば、招集の翌朝には彼の骸が転がっていたはずです。なぜそうならなかったのか。それは、摩緒を殺すことが心理的にきつい術者がほとんどだったから、そして、五色堂に呼ばれた人間のうちだれかが、摩緒を密かに守っていたからではないでしょうか(後者についてはまた別途)。

百火が五色堂に呼ばれたのは、摩緒を殺せといわれて彼自身が、そして百火を殺すのにほかの術者たちが逡巡するのを期待されたのだと思います。館で百火は摩緒に親切にしていました。摩緒を殺せといわれても簡単に殺せるものではないでしょう。また、百火自身が年若く、ほんの子供です。ほかの五色堂メンバー(白眉以外)にとって、彼を手にかけるのは愉快な仕事ではないはずです。お師匠さまはそこに目をつけたのだと思います。百火は勝ち残ることを期待されていませんでした。彼は新入りで、百火より能力のある火の術者はいくらでもいたはずです。また、より重要なこととして、百火の正義感あふれるまっすぐな性格は、残忍な御降家に似つかわしくありません。陽キャに御降家の当主は絶対に務まりません。百火は摩緒に、おまえは生贄だったんだよなどと言いますが、彼も実質、摩緒よりちょっと骨のある生贄といった位置づけだったはずです。

真砂は、白眉に殺されて華紋の怒りを煽るために、五色堂に招かれたのだと思います。彼女は水の技術者として館で一番の実力者ですが、そもそも女性です。紗那さまと夫婦になって子供を作れません(現当主が側室にでもするつもりだったのでしょうか?)。彼女もまた人を呪う意欲に乏しいですし、御降家にいるのを嫌がっています。それはお師匠さまにも筒抜けで、逃げ出さないように見張れと不知火が監視につけられるほどでした。御降家の当主をやれる器とは思えません。

というわけで、華紋は、白眉に真砂を殺されて怒ることを期待されて呼ばれたのでしょう。悲しみと怒りと憎しみの中で、おまえも白眉にやられて死ねということです。華紋はやる気があまりなく、まわりとくらべて特別に優秀だったという目立つ描写もないので、勝ち残ることは期待されていなかったと思います。

五色堂に呼ばれた土の術者は、この記事を書いている第107話時点でまだ確定していませんが、仮に大五としましょう。彼はダークホースです。大五が実力のある土の術者としてお師匠さまに認められていた様子は、作中で描写されています。生贄の摩緒は大五の弟分ですが、だからこそ、もし彼が葛藤を乗り越えて摩緒を殺せたら、御降家の当主候補としての資質があるとみなせるでしょう。白眉と一騎討ちです。ただし、大五は捨童子の家の出身で、下層階級の人間です。お師匠さまは、紗那の夫として白眉ほどには期待を寄せていなかったと思います。

後継者争いでの明示的な生贄は摩緒でした。しかし、五色堂に集められた術者たちもまた、勝ち残るとみなされていた白眉以外は、生贄も同然だったのではないかというのが、この記事の趣旨です。もはや御降家については、やべえ家ですよ(百火の「やべえ刀ですよ」の調子で読んでください)以外の感想がありません。ここに書いたことがすべて外れているといいですね。

摩緒から菜花への贈り物

(English)

『MAO』作中で、摩緒が菜花へ贈ったもののリストを作ってみました。摩緒と菜花のロマンティックな関係を夢見るわれわれは、つい摩緒が菜花に匂い袋を買ってあげた洋食は好き回(8巻第2話)がわかりやすいので注目しがちです。しかし、ほかの章でも摩緒はじつにまめに菜花に物を贈っていることを忘れていませんか? 私は忘れていました。贈り物のリストは次のとおりです。

  1. 解毒剤(1巻第6話): 菜花の妖の力を解放するため
  2. 護り石(3巻第4話): 菜花を菜花の祖父から守るため。この時の菜花は、祖父が猫鬼の支配下にあるのではないかと疑っていました。
  3. 護身の護符を溶け込ませた水(5巻第5話): 菜花を猫鬼から守るため
  4. 呪文と印の結び方の本(5巻第6話): クリスマスプレゼント(?)
  5. 洋食と匂い袋(8巻第2話): 菜花の機嫌をとるため
  6. スイーツ(第90話): 高校入学祝い

物語が続く限りこのリストは成長していくでしょう。

ちなみに、菜花が摩緒に贈ったのは、クリスマスプレゼントの手編みのマフラーです(5巻第6話)。第107話までのところ、これが菜花からの唯一の有形の贈り物です(血を除く)。

Gifts from Mao to Nanoka

日本語

I just made a list of what Mao gives Nanoka in the story. I think we, maonoka shippers, tend to focus on chapter 70, in which Mao gives Nanoka a sachet, but didn't we forget Mao gives her a lot of things in other chapters? Yes, maybe. The gift list is the following:

  1. An antidote (chapter 6): to activates Nanoka's ghost power
  2. A stone bracelet for protection (chapter 22): to protect Nanoka from her grandfather; Nanoka suspects that her grandfather is under control of Byoki
  3. Water blended a talisman for protection (chapter 43): to protect Nanoka from Byoki in the Reiwa era
  4. A book about spells (chapter 44): a Christmas gift
  5. Western food and a sachet (chapter 70): to make up (they argue in the previous chapter)
  6. Sweets (chapter 90): to celebrate Nanoka's admission to high school

I believe this list will go on as long as the story continues :)

By the way, what does Nanoka give Mao? It's a hand-knitted muffler for Christmas in chapter 44. This is the only tangible gift until chapter 107 from Nanoka to Mao except for her blood.

2021年9月1日水曜日

『MAO』第107話「摩緒の焦り」の感想と雑談

 この記事は、週間少年サンデー40号に掲載された『MAO』第107話「摩緒の焦り」を含む、単行本に未収録の回のネタバレを含みます。

扉ページの煽り文は、高橋先生ではなく編集者さんがつけていらっしゃるんでしょうか?「助けたい。何があっても」。摩緒はまさにそんな気持ちだっただろうなと思いました。焦ってブラフに引っかかり、人を殺そうとしたのですから。これまでのお話では見られなかった大変な慌てようで、読んでいてハラハラさせてもらいました。

焦り

菜花の中に苛火虫がまだいると蓮次から告げられて焦った摩緒は、月琴への攻撃を中止しました。焦る摩緒に、蓮次は岸まで追ってきている菜花を示し、目の前で菜花が消し炭になるのを見ていろと追い討ちをかけるように言って月琴を構えます。それを聞いた摩緒は、術で蓮次を水の柱に閉じ込めます。

2ページ目の玄武が、あいかわらず巨大ロボットのようで格好良かったです。玄武の目の奥底に潜む光からは、同じ巨体の幻獣であっても双馬が操る獣たちとは違う、底知れない不気味さと神秘を感じます。まさに長い歳月を生きてきた摩緒が使役するのにふさわしい、威厳のある式神だと思います。玄武さん、大好きです。

MAOで人物の顔に汗水マークが2つ以上つくのは非常に珍しい上に、そんなコマが連続するものですから、興奮してしまいました。摩緒の焦りが尋常でないのが否応なく伝わりました。

溺れる蓮次の顔は衝撃的で良かったです。絵として面白すぎてmemeにされそうです。蓮次は、摩緒が「わかった、やめろ。ついていく」と言うのを期待して煽ったのでしょうが、予想よりも激情的な反応が返ってきたようですね。今から消し炭にするといわれて、相手の動きを完全に封じるという、降参よりも確実そうな手に咄嗟に出た摩緒の必死さに、読んでいて緊張しました。

菜花にとっての「摩緒らしさ」

蓮次を水責めする摩緒を見て、乙弥は「摩緒さま…蓮次を殺すつもりかもしれません」と言い、菜花は「そんなの摩緒らしくない」と考えます。

焦るでもなく驚くでもなく、主人の様子を観察して淡々とつぶやく乙弥くんの冷静さが、人間離れしていてゾクゾクしました。すごく好きです。乙弥がそうとわかるということは、こんな摩緒を見るのは初めてではないのですよね。摩緒に長い間仕えていれば、きっといろいろな事件があったと想像します。この二人のスピンオフを読みたくてしかたがありません。

菜花の「摩緒らしくない」というモノローグは感慨深いです。摩緒が菜花と出会ってからさまざまな事件がありました。それでも摩緒が菜花に一貫して見せてきたのは、人を傷つけたり殺したりしない生き方であることを思うと、胸を打たれます。大正に生きる紗那さまの顔をもつ女性を救いたいと願い、裏切った双馬よりも自分の手落ちを責め、戦闘でかがりと双馬を避けて白眉だけを狙う摩緒は、根本的に優しすぎるし、本当に自制が効いていますね。摩緒は、稀で残酷な運命を生きてきたと思いますが、それなのに人よりも優しくなれるのは、天性の資質だと思います。

そんな摩緒が彼らしくない行動をとった。なぜでしょうか? 菜花くん、君のためだよ、と(華紋さま風に)菜花ちゃんに言ってあげたいです。人は好きな人のために、時に自分らしさを飛び越えた行動をとり、相手のふだんと違う一面を見た時に、人は人に惚れたり惚れ直したりしますよね。高橋先生、ありがとうございます。心がとても温まりました。

百火

蓮次を殺したところで菜花が助かるかが確かでないため、摩緒はどうすればよいか迷います。そこへ百火が現れました。乙弥が符蝶を使って彼を呼び出したそうです。摩緒は百火に、菜花から苛火虫をすぐに取り除くように頼みます。

百火先輩、待ってました! 私は摩緒と菜花が恋人同士になるといいなと日々考えていますが、それ以外で特に好きな登場人物が百火なので、元気な姿を見られて嬉しいです。声を張り上げて百火を呼ばわる摩緒先生と、事情をきいて即座に動く百火先輩が、本当に格好良かったです。

それにしても、乙弥くんはやっぱり有能すぎますね。あんな優秀な人材を無給で長年使っている時点で、摩緒が能力のある陰陽師だと誰でもわかります。MAO世界の式神の設定は突き抜けています。

虫を取り除かれるために百火の火に巻かれた菜花ちゃんの絵(9ページ3コマ目)が、とても恐ろしくて美しかったです。私がMAOに惹かれるのはこういった雰囲気です。この場面も、やっていることは救出ですが、絵は怪異そのものですよね。この世のものではない炎が慄く美少女を巻いて唸っている情況に、本当にぐっときます。高橋先生、最高です。

突然のことに驚く菜花に、摩緒は苛火虫がじつは菜花の中に残っていたと説明し、油断したことを謝ります。

菜花に謝る摩緒(10ページ)がまだ汗水を2つ垂らしていて、たまりません。危機が去っても彼の動揺は続いているんですね。謝る顔も真剣で、摩緒は責任感が強い人物だとあらためて思いました。以前、かがりがいることを知らずに女学校を菜花に探らせた時にも、菜花に真剣に謝っていた姿を思い出しました。

事情を聞かされて、「まだ一匹…残ってた…?」とつぶやく菜花ちゃんは今週一の美少女でした。ありがとうございます。

百火は摩緒に、菜花を探ったが苛火虫は残っていなかったと告げます。

菜花が百火に「ちゃんと見てくれた!?」と言う横で、険しい顔で百火を見上げている摩緒が笑えます。彼もちょっと疑ってます。百火の自信満々の返しが大好きです。自分に自信のある人間は精神が安定しています。百火は能力が高い上に、正義感もあり、本当に良い子だと思います。

蓮次の言葉がブラフだったとわかり、「嘘だったのか…」と述懐する摩緒は、安心したというよりも、危ういところだったと思っている顔に見えます。焦って殺しかけていましたもんね。我に返って肝が冷えたのかなと思いました。蓮次のブラフを見破れなかった自分の焦り具合についても反省したのでしょうか。とにかく良いお顔です。

蓮次

摩緒から逃れた蓮次は、不知火のもとへ帰還しながら、前話での摩緒の言葉を思い返します。摩緒は蓮次に、御降家と手を切るように忠告しました。蓮次は、「イカれて」いる御降家こそが彼にとって「うってつけの場所」だとモノローグで反発します。

MAOの登場人物は皆ちょっと狂っていますが(まともな人間は白羽くんくらいでしょう)、蓮次は自覚があるんですね。蓮次の言葉を中二病のようだと笑うこともできますが、卑下するようなのが気になります。彼は、自傷的な心理と刹那主義的な生き方を、御降家に利用されているのですね。

蓮次の心の暗部を巧みに利用して御降家の商売に誘い込んだのは、例によって人の心を掴むのが得意な白眉でしょうか。蓮次の直属の上司は不知火のようですが、不知火は最近までずっと京にいたので、直接の接触は難しかったと思います。それとも蓮次は新入りでしょうか。

甘味処

摩緒、菜花、百火、乙弥の4人は、甘味処で食事をしながら、蓮次の正体について話します。

この甘味処は、第90話で摩緒が菜花の高校入学祝いをしたのと同じお店のようですね。百火は焼き団子かみたらし団子、菜花はごまだんご、摩緒はくず餅を食べているみたいです。伝統的な日本のお菓子は良いものですね。いつか日本へMAOツアーに行ったら、これらのお菓子をぜひ食べたいと思います。

蓮次の正体を独自に追っていた百火は、10年前に盛んに報道された連続放火事件に行きつきました。最初の放火被害者である慈善家の家では、引き取られた子供たちが育てられていたそうですが、そのうちの一人が事件後に行方不明になり、犯人と目されていたそうです。百火は、その子供こそが蓮次ではないかと疑っています。摩緒と乙弥は当時「地方を旅していて」事件の存在を知らなかったと言います。

摩緒と乙弥の過去が少し明らかにされて嬉しかったです。地方を旅していたというのは、猫鬼の足跡を探していたのでしょうか。帝都についた時に浅草の凌雲閣を通りがかったといっていたので、どこから辿り着いたのだろうと思っていました。このくだりに私はワクワクしましたが、菜花が「そんな事より」と遮ってしまいます。きっぱりした子です。地方を旅する陰陽師の少年と式神の童子、絶対絵になりますよね。想像するだけで燃えます。明治〜大正初期の摩緒先生のエピソードをいつかもっと知りたいです!

今回も面白かったです。次回も楽しみにしています。

2021年8月30日月曜日

『MAO』第106話「駆け引き」の感想と雑談

この記事は、週間少年サンデー39号に掲載された『MAO』第106話「駆け引き」を含む、単行本に未収録の回のネタバレを含みます。

ここ数回の展開が神がかっていて、効果の強すぎる栄養ドリンク(蠱毒か?)を週に1本キメている気分です。高橋先生、ありがとうございます!

乙弥くんがすごい

今回のお話では摩緒先生がとても格好良かったですが、乙弥くんもすごく良かったです。乙弥くんは、やっぱりとても賢くて有能ですよね。その時その時にやるべきことを押さえていて感心します。蓮次に脅されて不安な思いをしている菜花の隣にぴったりついていてあげる、乙弥くんの優しさが沁みました。摩緒が連れ去られた後で、主人の意図を汲んで即座に行動するのも、荷物を漁りながら振り向きもせずに菜花へ的確な指示を出すのも、本当に頼もしいです。乙弥くんが特別に優秀な式神なのでしょうか? ペットの犬ではありませんが、式神は主人に似るのでしょうか? 背景を説明することも話を展開させることもできる、ツッコミ役のムードメイカー。彼一人で2.5人ぶんくらい働いてますね。

一連の駆け引き

摩緒が不在の診療所で、菜花は蓮次が放った苛火虫を体に入れられ、人質になりました。

菜花が手にしているのは袋に入れているとはいえ武器なのに、蓮次は人質の菜花に持たせたままでした。蓮次の余裕のある様子も、菜花の恐怖をいや増したことでしょう。直前の呪いの刀編で菜花は非常に勇敢だったので、今回の怖がる姿はぐっときました。かわいそう。でもかわいい。

帰宅して驚く摩緒に、蓮次は彼の雇い主である不知火のところまでついてくるように要求します。

帰宅した摩緒が蓮次をみとめた時の大ゴマの表情は、お見事でした! カバンを取り落とさなかったのが不思議なくらいの固まりようで、まさに言葉も出ない感じの動揺でしたね。MAOのシリアスな場面には、ちょっと手塚治虫先生っぽい丸みのあるタッチの摩緒がときどき現れます。たとえば、7巻第8話9ページ目の1コマ目にいるアップの摩緒や、8巻第9話15ページ目の2コマ目で飛びかかっている摩緒がそれです。このコマの摩緒は、その系統に近い絵ではないでしょうか。このタイプの絵柄は、重要なアクションシーンで肉体の躍動感を伝えてくれますが、今回は摩緒の心臓が跳ねている感じが伝わってきました。

蓮次は摩緒に、おかしなまねをすると菜花の中の苛火虫が発火するぞと脅します。

このコマも最高でした。MAOで登場事物の目の下に入る横線は死相なので、この時の摩緒先生はきっと死人と同じくらい顔色が悪かったのでしょう。蓮次の卑劣に怒り、菜花ちゃんを心配して顔色を失う摩緒先生に、本当に心が温まります。

摩緒は、抵抗はしないので先に菜花から苛火虫を出せと蓮次に要求し、拒否すれば蓮次をこの場で殺すと宣言します。蓮次は摩緒の本気を悟って、承諾しました。

この瞬間のために摩緒先生は日頃無表情だったのかしらと思うほど格好良かったです。それにしても、「〜〜しなければ、この場でおまえを殺す」は、完全に追い詰められた人間が放つ、一切の交渉を拒絶する駆け引きの言葉なので、摩緒はよく言ったものです。人質のハンデなしに勝負すれば、摩緒のほうが強いことを蓮次は理解していると踏んでの言葉ですよね。実際、蓮次は馬鹿ではないのでわかっています。摩緒が有利を引き出すために言葉を操ることは、過去に宗玄相手にもやっていて、初めてではありません。しかし、今回のような余裕のない状況では初めてで、美味しかったです。

菜花以外には明らかな摩緒の一面について

摩緒先生の「この場でおまえを殺す」発言は、蓮次よりも菜花に刺さったのではないかと思いました。なぜなら、菜花は摩緒の危なさを日頃は意識していないようだからです。摩緒は5巻第3話で殺し合いを嫌がっているふうですが、やらないわけではないのです。

考えてみてください。あれほど派手な向こう傷が顔にある男がカタギのわけがありません。縁者もおらず土地も持たず、得体のしれない摩緒は、医者であっても町の名士には決してなりえないのです。おそらく五行町の人々は摩緒を新しい住人として受け入れながらも、袋に入れた刀を持ち歩いたり、血まみれで帰宅したりする姿を見かけては、「あの若い先生、訳ありだな(近づかんとこ)」と内心思っているはずです。実際、摩緒は妖からの人望が厚いですが、第7話で診療所を開業してから第106話に至るまで、近所の人に直接手助けしてもらう場面は一度もありません。ご近所さんとは商売以上の交流や信頼関係をほとんど築いていないのではないでしょうか。なにがいいたいかというと、摩緒と二度しか会ったことのない蓮次や、摩緒と関わりの浅い近所の人々にとって、摩緒の物騒さは火を見るより明らかなのですが、菜花は摩緒の近くにいすぎるがゆえに、日頃はそれを忘れているだろうということです。菜花は摩緒の命を助け、摩緒に命を助けられ、おまけに恋までしています。摩緒の生い立ちを憐れみこそすれ、嫌悪感や警戒心はもっていません。だからこそ、今回の「この場でおまえを殺す」発言は、彼女にとって衝撃だっただろうと思います。

摩緒の言葉を聞いた菜花はどう思ったでしょう。"優しい" 摩緒にこんなことを言わせてしまった、と己の不覚を責めたでしょうか。自分が人質になったことで、見たことがないほど静かに真剣に怒っている摩緒に、どこか嬉しく思う気持ちもあったかもしれません。彼女がこの瞬間を回想する場面を見たいです。

拉致

後ろ手に縛られた少年が小舟に乗せられて白昼堂々連行されうるなんて、大正は治安が悪いですね。

蓮次の詰めの甘さ

蓮次が冷静そうに見えてちょっと口が軽いのが面白いです。菜花に苛火虫のはたらきを説明するのは脅し目的として理解できますが、御降家の秘術だなんだと教える必要があるのでしょうか。それに、不知火の用が済んだら蓮次が摩緒を殺す許可を得ていると、摩緒当人に告げてしまうのには驚きました。摩緒はもう抵抗できまいと舐めているのでしょうか。油断しすぎです。

摩緒の拉致方法としては、半殺しにして蠱毒とともに連れ去ろうとした蛟のほうが、よほど適切でした。蓮次のこの詰めの甘さは、邪悪な生業に不適格な性格を表現し、御降家と縁を切って更生できる可能性を示しているのでしょうか。

蓮次が摩緒から腕のことを聞かれて、「心配すんな」という言葉を選んだのは可笑しかったです。腕になんかちょっと植物の茎みたいなのが見えてますけど、くっついてよかったですね。

摩緒の優しさ

摩緒は、蓮次が御降家の商売には興味がないと言うのを聞いて、であれば御降家とは早く縁を切ったほうがよいと忠告します。

菜花を人質にとった相手にまで警告してあげるなんて、摩緒は本当に優しいですね。かつて真砂さまが御降家に入ったばかりの摩緒に警告したのを思い出して、胸が熱くなります。摩緒はもうこれ以上、御降家絡みで人が苦しむのを見たくないのでしょうね。今回の出来事についても、御降家に無関係の菜花を巻き込みたくないという強い思いがセリフの端々に見られて、摩緒先生らしさを感じました。

玄武

小舟で不知火のもとへ連れていかれそうになった摩緒ですが、(乙弥が手配したと思われる)式神の玄武が現れます。摩緒は妖の力を発揮して腕の縛を破り、玄武の力を借りて蓮次の月琴を破壊しようとします。蓮次は摩緒に、菜花の中にまだ苛火虫を残していると言い放ちます。

縛を破る摩緒先生を見て、蜘蛛女の糸を腕力で断ち切った菜花を思い出しました。妖の力はすごいですね。「ただの人間」相手なら負け知らずでは? 見開きの玄武も、術で戦う摩緒先生も大変格好良かったです。ところで、苛火虫は蓮次が月琴をかき鳴らした時に発火するようですから、バチを奪うだけでは妨害できないのでしょうか?

ブラフかブラフでないか

蓮次の発言はブラフと新井さんがtweetされていたのをみて私も考えたのですが、蓮次の人物像を私はまだよく理解していないので、彼の言動から推し量ることはできませんでした。

が、別の理由で、蓮次の言葉がはったりの可能性があると思います。摩緒が診療所に帰宅した時に凍りついたのは、蓮次と菜花を見た瞬間に、蓮次が菜花に苛火虫を使ったことを理解したからではないでしょうか。また、蓮次に菜花から苛火虫を出させた時の摩緒のほっとした表情は、実際に菜花から虫が取り除かれ、危険がなくなったことを知っていたからではないでしょうか。つまり、状況を把握するために蓮次の言葉だけをたよりにする摩緒先生ではないだろうということです。摩緒が安心したなら、菜花の安全は守られたのでは? それとも、蓮次が残した苛火虫は、摩緒も気づかないほど巧妙に忍ばされたのでしょうか。不知火によると、蓮次は苛火虫の使い手として逸材だそうなので、ありうるかもしれません。もしブラフなら、摩緒先生は大正時代しか生きていない青年の嘘に引っかからなかったことになって(読者に対する?)面目が保たれますし、蓮次も蓮次で、駆け引きでズルをするほどの邪悪な人間ではないということで、良い兆候です。

蓮次の言葉がブラフでなく、本当に菜花の中に苛火虫を1匹残していたとしたら、菜花が先日練習していた護身の印の伏線が回収されるチャンスかもしれません。 術を使って自力で苛火虫を追い出すことができれば、菜花はまたひとつ成長できます。術で闘う摩緒があれほど素敵なのですから、術で闘う菜花も格好良いに違いありません。もっとも、菜花さんは術に向いていないのですと賢い乙弥くんが再三言っているので、望み薄かもしれませんが……。

第102話で、菜花は「火の術は金の属性の虎より強い」と自力で気がつきました。五つの要素の相剋関係だけでなく、関係する動物も学び、知識を引き出しています。しかし、今回の菜花は水が火を剋することを忘れていて、乙弥から教えられています。動揺もあるでしょうが、彼女の未熟さが改めて示されていると思いました。

次回

不知火さまをそろそろまた見たいので、詰んだ摩緒が蓮次に連れて行かれてほしいです。前回の対不知火さまで摩緒はコテンパンにやられてしまったので、次はやり返すと思いますが、私は菜花ちゃんが(摩緒のために)不知火さまをボコボコにするのもいつか見たいと願っています。土は水を剋するということで。それに、摩緒先生が不知火さまの社で幽羅子さまと再対面するのもぜひ見たいです。

今回も面白かったです。次回も楽しみにしています。


2021年8月24日火曜日

About Hyakka as a name of the lonely boy

日本語

I'm just trying to explain a little bit more what I think about Hyakka as the character's name in MAO.

Hyakka is a beautiful name: a hundred of fire. Although his parents might wish a girl since he has seven old brothers, his birth should be celebrated as the birth of the youngest son in the family of fire magic. Now, all of them are gone. He himself remains alone... 10:23 PM · Aug 20, 2021

The naming of characters always matters. Some might think a name is just a name like a letter for math such as x, y, or z. Who, however, can deny the significance of the inspiration of naming a protagonist in a space saga Skywalker? Naming contributes to a story in various ways as a symbol, allusion, or connotation. So, Naming always matters. 

In MAO, written by Rumiko Takahashi, an older disciple of Mao, Hyakka (百火) has a beautiful name: a hundred of fire. The kanji of hyaku (百) for Hyakka is used to describe a situation in which there are many quantities, numbers, or types of something while it is used for the exact number of one hundred. So, his name means a lot of fire. 

Also, the sound of Hyakka is the same as a part of an idiom, hyakka-ryouran (百花繚乱). This ka for hyakka-ryouran uses a different kanji for MAO's Hyakka, which is flowers (花) instead of fire (火). This idiom, hyakka-ryouran means various types of flowers are blooming. So, imagine fire is blooming instead of flowers on a field or in the sky. That is what his name evokes. Just like launched fireworks, the name indicates the situation that a lot of fire with different colours is spreading around you.

Let's back to the meaning of the name. His family name, Ootori (鳳), means an imaginary male bird in China that may appear when a saint is born. A bird belongs to fire in the five elements philosophy, so it simply matches his family that utilizes fire magic. Although his parents might expect a girl since Hyakka has seven old brothers (Chapter 97), his birth should be celebrated as the youngest son's birth in the family. The family wishes him a talent for controlling a lot of dazzling fire.  

Now, all of them are gone; Hyakka himself remains alone because of the curse. I am surprised at what an ironic name he has. Staying as a low teen, he never has an opportunity to have his own child. Without the curse, he could have hundreds of descendants of him during the 900 years that he lives. Instead, Hyakka is alone, being surrounded by the fantastic fire that he creates. His name certainly emphasizes the beauty and sadness of his existence.

百火、孤独な少年の名

(English)

先日、高橋留美子先生の『MAO』の登場人物である百火の名前についてtweetしました。考えたことをここでもう少し書いておきます。

百火という名前は美しい。百の火! 七人も兄がいたそうなので、両親は娘を望んでいたかもしれませんが、火の術を使う家の末息子として、きっと家族に誕生を祝福されたことでしょう。 その家族もいまや誰ひとり残っていない。百火ただ一人だけ… 10:25 PM · Aug 20, 2021

登場人物の命名は重要です。名前は取替可能な記号にすぎないと考える人もいるでしょうが、かの宇宙オペラの主人公を「スカイウォーカー」(空を歩く者)と名付けたインスピレーションの重要性を、否定できる人はいないでしょう。登場人物の名前は、シンボルとして、既存文学の引用として、あるいは言葉の持つ別の意味を匂わせることによって、物語に貢献します。命名には意味があるのです。

『MAO』の主人公、摩緒の兄弟子の一人は、百火という美しい名前を持っています。漢字の「百」は数字の100を意味するとともに、物や数量、物の種類などが多い状態をも表わすので、彼の名前は「たくさんの火」を意味すると考えてよいでしょう。

また、「ひゃっか」の音は、四字熟語「百花繚乱(ひゃっかりょうらん)」の一部でもあります。百花繚乱は、さまざまな種類の花が咲き乱れる様子を表わす言葉です。百火の名前では、「か」の漢字が「花」でなく「火」なので、花の代わりにさまざまな色のたくさんの炎が、野山を、あるいは空を、花火のように埋め尽くす様子を想像してみてください。それが百火という名が想起させる光景です。

話を名前の意味に戻すと、百火の苗字である「鳳」は、聖人が生まれた時に出現するとされる中国の伝説上の雄鳥です。鳥は五行思想で火に属するため、火の術を使う百火の一族の背景と合致します。百火は兄が七人もいたそうなので(第97話)、彼の両親はもしかすると娘を望んでいたかもしれませんが、彼の誕生は火の術を使う鳳家の末息子として、きっと祝福されたことでしょう。彼の美しい名がそれを示しています。百火の家族は、彼に百火という名を授けることで、彼が多数の炎を操る才能に恵まれることを望みました。

物語の舞台である大正時代、その家族は全員とっくの昔にこの世を去り、呪いによって百火だけが生き残っています。彼の名前の皮肉さに驚かずにいられません。もし百火が呪われることなく生きていれば、900年の間に彼の子孫が百人生まれていたでしょう。しかし、永遠の少年になった彼は、年をとることも子をなすことも叶いません。名前に「百」の字を持ちながら、百火は彼自身が作り出したあまたの美しい炎に囲まれ、たった一人でいます。「おれを誰だと思ってんだ」と強がりながら。

百火という名は、彼の存在が持つ美しさと悲しさを強調しているといえるでしょう。

五色堂という蠱毒壺: 白眉が勝つ前提で他の四人の術者は集められたのか?

五色堂の後継者争いは、白眉が勝つことを最初から企図してアレンジされたのではないかと愚考します。以下に、考えたことを書いてみます。 五色堂は蠱毒壺です 。複数の術者を殺し合わせ、最後に勝ち残った一人を御降家が獲得するための装置です。つまり、最終ゴールは、御降家の次期当主としてふさわ...