2021年8月24日火曜日

百火、孤独な少年の名

(English)

先日、高橋留美子先生の『MAO』の登場人物である百火の名前についてtweetしました。考えたことをここでもう少し書いておきます。

百火という名前は美しい。百の火! 七人も兄がいたそうなので、両親は娘を望んでいたかもしれませんが、火の術を使う家の末息子として、きっと家族に誕生を祝福されたことでしょう。 その家族もいまや誰ひとり残っていない。百火ただ一人だけ… 10:25 PM · Aug 20, 2021

登場人物の命名は重要です。名前は取替可能な記号にすぎないと考える人もいるでしょうが、かの宇宙オペラの主人公を「スカイウォーカー」(空を歩く者)と名付けたインスピレーションの重要性を、否定できる人はいないでしょう。登場人物の名前は、シンボルとして、既存文学の引用として、あるいは言葉の持つ別の意味を匂わせることによって、物語に貢献します。命名には意味があるのです。

『MAO』の主人公、摩緒の兄弟子の一人は、百火という美しい名前を持っています。漢字の「百」は数字の100を意味するとともに、物や数量、物の種類などが多い状態をも表わすので、彼の名前は「たくさんの火」を意味すると考えてよいでしょう。

また、「ひゃっか」の音は、四字熟語「百花繚乱(ひゃっかりょうらん)」の一部でもあります。百花繚乱は、さまざまな種類の花が咲き乱れる様子を表わす言葉です。百火の名前では、「か」の漢字が「花」でなく「火」なので、花の代わりにさまざまな色のたくさんの炎が、野山を、あるいは空を、花火のように埋め尽くす様子を想像してみてください。それが百火という名が想起させる光景です。

話を名前の意味に戻すと、百火の苗字である「鳳」は、聖人が生まれた時に出現するとされる中国の伝説上の雄鳥です。鳥は五行思想で火に属するため、火の術を使う百火の一族の背景と合致します。百火は兄が七人もいたそうなので(第97話)、彼の両親はもしかすると娘を望んでいたかもしれませんが、彼の誕生は火の術を使う鳳家の末息子として、きっと祝福されたことでしょう。彼の美しい名がそれを示しています。百火の家族は、彼に百火という名を授けることで、彼が多数の炎を操る才能に恵まれることを望みました。

物語の舞台である大正時代、その家族は全員とっくの昔にこの世を去り、呪いによって百火だけが生き残っています。彼の名前の皮肉さに驚かずにいられません。もし百火が呪われることなく生きていれば、900年の間に彼の子孫が百人生まれていたでしょう。しかし、永遠の少年になった彼は、年をとることも子をなすことも叶いません。名前に「百」の字を持ちながら、百火は彼自身が作り出したあまたの美しい炎に囲まれ、たった一人でいます。「おれを誰だと思ってんだ」と強がりながら。

百火という名は、彼の存在が持つ美しさと悲しさを強調しているといえるでしょう。

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