2021年7月26日月曜日

『MAO』第101話「冥命堂」の感想と雑談

(この記事は、2021年7月26日にfusetterに書いた文章を写しました。週間少年サンデー33号に掲載された『MAO』第101話「冥命堂」のネタバレを含みます)

8巻第2話のデート回についての与太話ですが、第101話のネタバレを含みます。摩緒はデート中に菜花がかわいいものが好きだと言ったことを、乙弥くんに話したのでしょうか。

第101話で冥命堂さんが刀を打ち直すことになった時、だれが刀を持つかの会話になります。冥命堂さんは菜花が刀を持つように勧め、「かわいい拵えにしてやるぞ」と言います。それを受けて乙弥が「菜花さんかわいいの好きですよね」と菜花に言い、菜花は「いや…」とだけ返します。摩緒が「普通でいいです」と冥命堂さん伝えます。

無表情での乙弥の言葉に可笑しみのある瞬間です。ところで、この「かわいいの好きですよね」という言葉は、ふだんの菜花の様子からの洞察で出たのでしょうか。たしかに乙弥は目敏いようですし、菜花に対しても摩緒より気が利きます。過去には菜花がかわいい着物を借りてうれしそうにする描写があり、乙弥は世辞を言いましたが、摩緒は見向きもしませんでした。ほかの場面でも、菜花がかわいいものを見てはしゃぐ姿があったのかもしれません。

しかし、菜花がかわいいものが好きだと明に言ったのはデートの時です。その場に乙弥はいませんでした。となると、摩緒が菜花の発言を含めてデートの詳細を乙弥に話したのかもしれません。摩緒の純真さに心が大変温まります。

そもそもあのデート自体が乙弥の助言があって実行されたように見えました。着物を返しにきた菜花に、乙弥は「…すぐお帰りに?」と少し含みをもたせた言い方で尋ねますし、デートから帰宅した摩緒に首尾よくいったかを確認しているからです。もし乙弥の発案でないとしても、初めての洋食を体験してきたことくらいは、摩緒は乙弥に共有するでしょう。その上さらに、

摩緒「好きなものを買ってあげようといったら、匂い袋を選んでいたよ。菜花はかわいいものが好きらしい」
乙弥「へぇそうですか(ご存じなかったのか)」

といった会話があったかもしれません。

乙弥の「菜花さんかわいいの好きですよね」に対する菜花の「いや…」も、「かわいいものが好きっていうのは、武器の拵えなんかの話じゃなくて…」と言いたいのをこらえたようにも見えますし、急になにを言い出すのかと戸惑っているようにも見えます。そうです。賢い乙弥くんには菜花が好きなものはとっくにお見通しなのです。もちろん摩緒への気持ちも。ご馳走さまでした。

2021年7月24日土曜日

『MAO』の呪い(更新2版)

この文章は2021年7月24日のTwitter投稿を元にしています。

『MAO』の呪いの図の更新版です。主要登場人物にかけられた呪いを整理しようとしたものです。

  • 幽羅子を追加しました。
  • 人物の髪色を追加しました。

幽羅子

幽羅子は、平安から大正までずっと生きてきたのかがまだ確定していないと思い、前回の図では省略しました(9巻第9話で「九百年…長かったわ」と本人が言っていますが)。しかし、徳川治世の末期に、白眉は北の浜の社で幽羅子に会ったと語っています(6巻第7話)。徳川幕府は1867年まで続いたので、1923年から逆算すると、成人と思われる幽羅子は少なくとも60年以上生きていることになります。呪いのせいかどうかはわかりませんが、通常ではないので、不老不死組の一人として図に加えました。

髪の色の変化

Twitterで、登場人物たちの髪色が黒から白髪混じりに変わったことも呪いと関係あるのではというコメントをいただいて、興味深く思い、髪色の情報を図に追加しました(@the_araiさん、ありがとうございます)。

猫鬼が御降家を襲撃した日、獣の姿から元に戻った摩緒は、すでに白髪混じりの髪になっています(3巻第8話)。しかし、「御降家が滅びて一年ほどして」(9巻第2話)悲田院を訪れた華紋は、まだ黒髪のままです。このことから、摩緒が白髪混じりの髪になった原因と、五色堂組が白髪混じりの髪になった原因は、異なると考えられますね。

MAOで不老不死のようになった登場人物のほとんどは、黒髪と白髪が混じった髪をしていますが、夏野だけは真っ白の髪です。夏野の髪色は、彼女が五色堂の呪いでなく、100年ごとの土の施術(9巻第3話)で生かされていることを示しているのかもしれません。

余談ですが、黒から白への髪色の変化を物語の装置に設定できるのは、昔の日本を舞台にした作品だからこそできることですね。当時、黒以外の髪をもつ人間はごくごく稀だったと想像しています。

2021年7月9日金曜日

『MAO』第100話「呪い移し」の感想と雑談

  (この記事は、2021年7月9日にfusetterに書いた文章を写しました。週間少年サンデー32号に掲載された『MAO』第100話「呪い移し」のネタバレを含みます。)

『MAO』第100話「呪い移し」の感想と雑談です。

冒頭で、戦闘中の摩緒が乙弥に形代をよこすように命じます。乙弥はトランクから形代をとりだし、摩緒に向かって飛ばします。

お札や形代が風を切る描写を見るたびに思うのは、あれほど薄い紙を勢いよく飛ばすのは、やはり一般人には無理だろうということです。たとえば、術の勉強をしていない菜花が同じように形代を飛ばそうとしたら、そう上手くいくでしょうか? 妖の力が発現した菜花になら、あるいはできるかもしれません。

乙弥は、以前に百火のために白眉の術を破ったことからわかるように、ある程度の術を使えるようです。MAOの設定では、式神も自律的に動き、感情を持ち、かなり強いようですね。摩緒は乙弥に自身の死後の処置を命じていましたし、実際、令和の時代でもフナはピンピンしているので、主人が死んでもなお(式神の本体さえ壊れなければ?)動き続けるようです。

菜花に聞かれて、乙弥は形代を使う意図を説明します。摩緒が刀の呪いを形代に移そうとしたことを、乙弥は説明されずとも理解しているわけですね。一方菜花は、乙弥の説明の途中で、「わかった」と言うなり叶枝に向かって駆け出し、叶枝が握る繁栄の刀を奪い取ろうとします。菜花は、叶枝が繁栄の刀を手放せば彼女を呪いから解放できると踏みました。

菜花がなにを「わかった」のか、よくわかりません。自分の理解に飛びついて、すぐに行動に移してしまうところが、いかにも菜花らしいと思います。菜花は、妖や呪いを怖がるのに、戦闘中に突然物怖じしない動きをすることがよくあります。彼女の魅力のひとつであるとともに、こういう子が本当にいそうだと感じさせてくれます。人間の性格は単純ではありませんから。

菜花は叶枝を突き倒して刀を奪い取りますが、摩緒は「刀を捨てろ菜花!!」と叫びます。菜花が飛び出たせいで話がややこしくなりました。形代へ呪いを移し終える前に菜花が介入したため、刀の中の呪いは叶枝への執着をなくし、今度は菜花を狙います。菜花の手から刀の柄が離れなくなりました。

珍しく、びっくりマークを2つけて叫ぶ摩緒先生を見られました。高橋留美子先生の漫画は、吹き出しの形で声の強さを表現し、「!」「!?」をあまり多用しないように見えます。菜花を心配して必死になる摩緒の姿に心が温まりました。 摩緒はこの後になにが起きるかを即座に正確に予測して、菜花に対して警告を発したわけで、経験の重みを感じます。 刀を払い落とそうと決めて菜花に向き直る摩緒の姿も、とても格好良いです。

菜花の手から取れなくなった刀は、摩緒へと襲いかかり、迎え撃とうとした摩緒に斬りつけます。摩緒の右腕から血が飛び散ります。

この場面で摩緒がケガをしたのは、意思を持って動く刀と、それを止めようとする菜花の力で、想定外の太刀筋になったからでしょうか。それとも、刀を握った相手が菜花なので、彼女を傷つけないように注意しながら攻撃を防がねばならず、技術的に難しかったのでしょうか。もし、斬りかかってくる菜花に動揺しながら対応したせいであれば、私の心がとても温まりますが、きっと違いますね。摩緒先生はいつも冷静です。紗那さまに関すること以外では。

摩緒の血を受けた刀を握ったままの菜花は、なにかが菜花の中に「流れこみかけて引っこんだ」と感じます。刀は、摩緒の血がついた部分から焼けるような音を立てます。菜花は、摩緒の猫鬼の血が刀には毒なのだと推測し、「その毒が持ち手の私に流れこむ事を恐れた」と考えます。そして、菜花は「私の猫鬼の血も効くはず」と刀を握り込み、自分の血を吸わせます。

この場面が私には少しわかりづらかったので、整理したいと思います。

摩緒の血に触れたことで、刀に摩緒の血が流れ込んだ。刀にしてみれば摩緒の血は毒なので、外へと逃したい。刀が接しているのは菜花だけなので、刀は血の毒を菜花に流しこもうとした。しかし、摩緒の血自体が菜花の中に入ることを拒んだ。その結果、流れる先を失った毒は刀の中にとどまり、焼けるような音を立てた。そこにさらに毒である血を菜花が追加で吸わせた結果、刀が許容できる量の上限を超えて毒が入り込み、刀は菜花にとりすがる力をなくして、菜花の手から離れた。

上記で合っているでしょうか。読解に自信がないので、別の解釈をされた方は、お考えをぜひ聞かせてください。

摩緒の血が菜花に入るのを「恐れた」という表現が面白いです。あくまでも菜花の述懐なので正確とはかぎりませんが、本当に「恐れた」のでしょうか。それは猫鬼の感情なのでしょうか、それとも摩緒の感情なのでしょうか。菜花に流れる猫鬼の血の力のほうが、摩緒の猫鬼の血よりも強いから、中に入ることを恐れたのでしょうか。摩緒は菜花から血をもらっているのに、逆にはなにか不都合があるのでしょうか。このあたりの謎の吸引力が素晴らしいですね。

暴れる刀は摩緒によって無事封じられます。摩緒は、「危ない橋だったぞ」と菜花に言い、わかっていない様子の菜花を見て、ため息をつきます。

摩緒は、以前に百火から菜花の教育がなっていないと言われたことを思い出しているでしょうか。摩緒はもう少し積極的に菜花を指導してもよいと思います。900年以上生きているのに、摩緒はそういった面では未熟です。長年軍隊を率いていた白眉が、双馬に対して素晴らしい指導力を見せたのにくらべて、ワンマンで医者と陰陽師業をやってきた摩緒は、人の育成があまり得意ではないのかもしれません。摩緒にはぜひ菜花を導く中で、900年生きてきて初めてという体験をいろいろと重ねてほしいです。

事件の締めくくりに、摩緒が叶枝の記憶を抹消します。

摩緒が他人の記憶を操作する様子が明示的に描かれたのは、これが初めてではないでしょうか。この場面を読んで、いつか摩緒が菜花の記憶を消してしまわないか、ふと心配になりました。摩緒は優しいので、つらい記憶が菜花を苦しめる可能性があれば、厚意から記憶を消すくらいはしかねないと思います。摩緒が叶枝の記憶を消す時の言葉も、「忌まわしい事はすべて忘れなさい。もう大丈夫です」です。菜花にかけても不思議ではない慈悲の言葉です。でも、ともに困難を乗り越えた相棒の記憶は、ぜひいじらずにいてほしいですね。杞憂だと思いますが、作品の仄暗いトーンがこういった心配をさせるのです。それも含めて物語の魅力ですが。

次回に続く場面では、摩緒と菜花、乙弥の三人が、狐の顔をした妖が店番をしている金物屋さん「冥命堂」を訪れます。布とお札で厳重に覆った繁栄の刀を持ち、摩緒は「どう処理すべきか、専門家に聞いてみないとね」と言い、菜花は「摩緒でもわからない事あるんだ」と言います。三人が歩く狭い通路には、桶や酒瓶が軒下に並んでいて、どうやら裏通りのようです。「外来者出入禁止」と札のある入口から中に入ると、金物屋の中には狐顔の女性が店番をしていました。彼女は煙管を吸いながら、「お久しぶりです」と摩緒に言います。摩緒は、店主は在宅かと問います。

摩緒はなんでも知っていると思っていたかのような、菜花の素朴な(適当な)セリフが良いですね。菜花が摩緒を慕ったり憐れんだりするモノローグはよくありますが、摩緒の知識や経験の量を頼りにしていて、ちゃんと一目置いているようです。もしかすると、術を学びなさいといわれて渡された分厚い書物が、心の片隅で気になっているのかもしれません。

店番の狐と摩緒が、いつぶりに会ったのかが気になります。店の看板には「ナベカマ、包丁、ハサミ、錠前」と書かれていますが、日常使いの包丁をちょくちょく研いでもらいに行く場所のようにはあまり見えません。さらっと何十年ぶり、何百年ぶりの再開だったりするのでしょうか。「冥命堂」の冥は、冥界の冥。人間には見えない暗闇を意味します。表の商いと裏の商いがあるのかもしれません。

今回も面白かったです。次回も楽しみにしています。

『MAO』の呪い

(English)

この文章は2021年7月9日のTwitter投稿を元にしています。

これは、高橋留美子先生の『MAO』の主要登場人物たちにかけられた呪いを整理しようとした時の図です。主人公の摩緒が最も多くの呪いを一身に背負っているのが一目瞭然です(大変そう)。

上の図で、摩緒が持つ破軍星の太刀は、後継者争い由来の呪いと猫鬼の呪いの両方に属するとしています。破軍星の太刀は、御降家のお師匠さまから摩緒に、摩緒が後継者に選ばれたと告げられた時に下されたものです。しかし、縁起の良い代物ではないことが、3巻第8話で語られます。さらに、この太刀は猫鬼の血を吸い、呪われた太刀になりました(1巻第6話)。

The curses in MAO

(日本語)

I reposted this from Twitter on July 9, 2021.

*sord --> sword

I tried to sort out the curses for the main characters in MAO written by Rumiko Takahashi. Of course, Mao carries on the largest number of curses on his back. (Good luck, Mao!)

In the above diagram, I categorized the sword as a curse belonging to both the curses caused by the successor competition and Byoki. The sword is given by the master of the clan to Mao when Mao is selected as a successor. However, the sword is known as an ominous symbol, which is told in chapter 26. Moreover, according to chapter 6, the sword gets cursed by being soaked with Byoki's blood.

五色堂という蠱毒壺: 白眉が勝つ前提で他の四人の術者は集められたのか?

五色堂の後継者争いは、白眉が勝つことを最初から企図してアレンジされたのではないかと愚考します。以下に、考えたことを書いてみます。 五色堂は蠱毒壺です 。複数の術者を殺し合わせ、最後に勝ち残った一人を御降家が獲得するための装置です。つまり、最終ゴールは、御降家の次期当主としてふさわ...