2021年8月5日木曜日

『MAO』第104話「地血丸」の感想と雑談

 (この記事は、2021年8月5日にfusetterに書いた文章を写しました。週間少年サンデー36・37合併号に掲載された『MAO』第104話「地血丸」のネタバレを含みます。)

摩緒と菜花の輸血イベントは興奮しますが、あまり頻繁だと有り難みがないし、二人の身体が心配なので、やはり1年から1年半に1回くらいで十分です。

今回は摩緒から菜花に血を与える場面があり、心が大変温まりました。高橋先生、ありがとうございます。もはや猫鬼が縁結びの神様かなにかに思えてきます。それは冗談ですが、Rebssonさんの「ジャンキーが注射針を使い回すように彼らはすでに血を共有している」という最高のコメントを思い出しては笑っています。摩緒は血液が媒介する感染症についてあまり気にしていなさそうですね。MAOの作品世界に血が不衛生という概念はないのかもしれません。摩緒と菜花の血液型が同じかもあやしいところです。なんでもありでよいと思います。

双馬が操る獣と対峙した菜花は、御降家の呪具と判明した呪いの刀、地血丸(あかねまる)を手に闘います。菜花が地血丸で獣を斬ると、刃から菜花自身の血が吹きこぼれ、猫鬼の呪いによる毒の血が獣を傷つけて、回復不能にします。戦闘を続けるうちに、菜花は地血丸に血を奪われすぎて気絶してしまいますが、それでも刀は止まりません。気絶した菜花に握られたまま、刀は双馬に斬りかかろうとします。

菜花がどの瞬間に気絶したのかわかりませんが、彼女が獣に向かって「勝てる!」と叫んだコマでは、まだ意識があって動いていたと思います。菜花が戦闘中、有利を確信して勝利を宣言するのはこれが初めてです。前回まで、敵に立ち向かう菜花を格好いいなと思いながら見守っていましたが、予想を超えて(文字通り)血気盛んなヒロインになってきて、ぞくぞくしました。

思えば菜花は最初から、かなり直情的に動く子でした。第一話を思い出してください。摩緒から「おまえ妖だろう」といわれた菜花は、一言も喋らずに席を立って去ろうとします。たしかに摩緒の風体は怪しいですが、いちおう自分の腕のケガを治療してくれた年長の男性であり、その人が真剣に話をしているのです。これがもし、たとえば高橋先生の別作品のヒロイン、真宮桜なら、摩緒の話をとりあえず最後まで聞いてあげたことでしょう。心のシャッターを下ろした相手に対して、菜花は非常に率直に接します。その一方で、大事に思っている人々に対しては必要以上に遠慮をする面もあり、振る舞いの生々しさが読んでいて面白いです。

第一話以来初めて、目を開いて気絶した菜花の顔が描かれました。菜花の気持ちを考えると、あの無防備な顔を双馬に晒してしまったのは、少しかわいそうに思いました。

気絶中の菜花が振るった地血丸を、双馬はあやういところで避けます。刃は地面に刺さり、毒の血がほとばしって、飛沫を浴びた双馬の服や皮膚が焼けます。菜花がふたたび刀を振り下ろそうとしたところで、摩緒が菜花を抱きかかえて動きを止め、刀を取り落とさせました。

摩緒や菜花の毒の血が妖怪を傷つけたり、摩緒の血が不知火を傷つけたりしたことはありましたが、菜花の血が普通の人間を傷つける描写は今回が初めてだと思います。五色堂の関係者でなくても、猫鬼の毒の血で人間が傷つくとわかりました。陥没事故の時に救急隊のグローブが溶けたのは、あくまでも菜花がかぶった猫鬼の血の効果か、それとも菜花に流れる血にも同じ効果があるのかと疑問に思っていましたが、おそらくどちらも同じ効果があるのですね。

菜花を止めた摩緒は、双馬を助けようとした部分もあったでしょうが、菜花に双馬を殺めさせたくない気持ちがあったのではないかと思いました。双馬に「どうして止めたんですか」と聞かれた摩緒は、単純な怒りではない、軽蔑というか嫌悪というか、ふだんあまり見せない表情を双馬に向けました。

摩緒の生死や命についての価値観は非常に興味深いです。前回、摩緒は双馬に「ひとつだけ聞いておく」と前置きし、「白眉に命令されれば、きみは見知らぬ人を殺すか?」と尋ねました。摩緒は「覚悟を聞いている」と言い、双馬が「できますよ」と返すと、「残念だ」と会話を切り上げました。御降家に加担することへの間接的な引き止めでしたが、摩緒は双馬に刀を向けるかどうかの判断のために質問を使った部分もありそうです。

摩緒は、呪いや暗殺に対する忌避をみるかぎりでは(たとえば華紋さまあたりとくらべると)かなり倫理的な人物として描かれています。セリフで摩緒の価値観に直接触れられることは少ないですが、過去に百火との会話のなかで「私は人殺しはちょっと」と言葉を濁しました。また、8巻第4話「獣」では、兄に刀を向けた理由を双馬に確認しようとする際に、双馬の事情を斟酌する同情的な態度を見せました。しかし、第99話「護り刀」では叶枝を斬るのもやむなしという口ぶりだったように、現代人の菜花や読者の感覚からすれば、やはり摩緒はそれなりに物騒な思想をしていると思います。

殺された人を目にするのが当たり前だった捨童子の家や御降家にいた時代から、乱世を経て、おそらく人も妖も何度も手にかけて生きてきたであろう摩緒にとって、大正は治安がよい時代に見えているのでしょうか。もっとずっと平和な令和から来た菜花ちゃんが、人を手にかけることなく最終回まで完走できるよう、摩緒先生にがんばっていただきたいです。

御降家の人間の助けを借りて、双馬は逃げ去ります。摩緒は、己の手のひらを破軍星の太刀で切り、菜花の手を握って血を与えます。

ここで摩緒が恋人つなぎをするものですから、心が温まりすぎて私は思わずむせました。望月さんが、菜花の手の温もりを確かめている気もするとおっしゃっているのを見て、たしかにそういった気遣いもありそうと感心し、さらに心が温まりました。と同時に、もし相手が百火でも摩緒はその手の握り方をしただろうかと考えてみると、もうこの上なく心が温まりました。本当にありがとうございます。

それはそうと私が猫鬼に言いたいのは、輸血に関する肝心の情報を菜花(とわれわれ)にそろそろ教えてほしいということです。猫鬼は菜花に思わせぶりに、「これ以上摩緒に与え続ければおまえは…」としか言っていません。話が途中です。「おまえは歌が上手くなる」とか「マタタビなしには生きられなくなる」とかではないでしょうが、寿命が削られるとは一言も言っていません。それはあくまでも摩緒と菜花の推測です。仮に寿命が減るにしてもどれくらい減るのか。一回の輸血で10年減るのか、ひと月減るのかで、重大さが異なります。今週の摩緒先生は、菜花に血を「少し分けてやらないと」とおっしゃっていました。与える量を加減できるのか? 回数でなく分量によって影響は変化するのか? 興味はつきません。

そもそも、摩緒が菜花に血を与えることができるのは少し意外でした。輸血は菜花から摩緒への一方通行かもしれないと私は思っていました。過去の輸血イベントの際に「与える者」と題された章があり、一方的な印象を受けたのと、第100話で地血丸に吸われた摩緒の血の毒が菜花の中に入るのを忌避したかのように読める描写があったからです。さらにいえば、摩緒先生が、菜花は自分に血を与えて助けてくれるのに、自分は同じ方法で菜花を救えないのだ、と苦い思いをするのも、ドラマがあって良いなあと思っていました。その状態だと、摩緒が菜花を守ろう、または鍛えようとする動機が強まります。もちろん、お互いにお互いのバッテリーになれたほうが対等で爽やか(?)ですし、助け合う姿に心が温まるので、双方向の輸血は大歓迎です。

終盤、摩緒は菜花に血を与えながら、やはり呪いの刀は菜花には危険すぎると述懐します。

とはいえ、摩緒が菜花から地血丸を取り上げるのは難しいだろうと思います。双馬との闘いで摩緒は完全に足止めされました。もし地血丸がなければ、菜花は大怪我を負ったか、最悪殺されていたでしょう。

摩緒「おまえが持つには地血丸は危険すぎる…やはり私が持とう」
菜花「はあ? また敵が現れたらどうするの? 黙ってやられろって!?」

という話になってしまいます。なってもいいですね。ケンカしてデートして仲直りしましょう。また、摩緒は菜花に戦い方を教えたいと言うように菜花の自立を願っているので、「私がお前を守る」とは早々口にしないと思います。犬夜叉とは随分違います。

双馬の獣は回復不能になりましたが、例の巻物も壊れたのでしょうか。巻物を修復すれば獣も戻るのでしょうか。双馬を派遣した白眉が、菜花が思ったより厄介な相手だと気づいた後、どう行動するか気になります。双馬くんは菜花への逆恨みを拗らせて、もっともっと面倒くさい人間になって、ぜひ再登場してほしいと思います。

今週も面白かったです。次回も楽しみにしています。

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